これまでこのブログでは、職場のメンタルヘルスや心理的安全性について、専門家として、いわば「外側」から書いてきました。
今日は、少し違う話をします。
私自身が、かつて「受けた側」だった経験についてです。
専門家としてではなく、一人の働く人として。当時、自分がどんなことを感じていたのか。そして、その経験が今の自分に何を残しているのか。
今日は、少しだけ自分の過去について書いてみたいと思います。
ある職場で、こんなことがありました
詳しい状況は伏せますが、以前、ある職場で、上司から次のような扱いを受けていた時期がありました。
- 毎日のように、細かな小言を言われる
- 仕事のやり方について、過度に細かい要求をされる
- お客さんの前で、仕事のやり方について大きな声で叱責される
- 「給料分の仕事をしていない」
- 「人に教えるのが好きなら、学校の先生でもやれ」
- 「自分で稼げ」
そして、ある日。
基本給を下げられました。
理由を尋ねると、「お客さんからの評判が悪いから」ということでした。
誰からの評判なのか。どのような評価だったのか。具体的に何が問題だったのか。
今振り返っても、納得できる説明ではありませんでした。
当時の私は、当然、悔しかった。腹も立ちました。
「なぜ、こんなことを言われなければならないのか」「なぜ、自分がこんな扱いを受けなければならないのか」——そう思っていました。
ただ、それでも、簡単にその場を離れることはできませんでした。
生活があります。仕事があります。お客さんとの関係もあります。そして、組織の中では、自分より上の立場にいる人の判断を、簡単に覆すこともできません。
だから私は、耐えていました。
「大丈夫だったから」ではありません。
悔しい思いをしながら、それでも働いていたのです。
今、専門家として振り返ると
当時は、今ほど「ハラスメント」という言葉を、自分自身の問題として捉えていませんでした。
もちろん、嫌でした。納得もしていませんでした。
でも、「これはパワーハラスメントなのか」「どこに相談すればいいのか」「これは自分が我慢すべき問題なのか」——そこまで整理して考える余裕はありませんでした。
今、専門家として振り返ると、少なくとも、これらを「適切な指導」として片づけてよいものではなかったと考えています。
特に、
- 人前で大声で叱責する
- 「給料分の仕事をしていない」など、人格や能力を否定するような言葉を繰り返す
- 「向いていないなら別の仕事をしろ」という趣旨の発言をする
- 賃金を下げる際に、具体的な根拠や説明が十分でない
こうしたことが重なっていたことを考えると、「厳しい上司だった」で終わらせてはいけない問題だったと、今は思います。
※実際にパワーハラスメントや不利益な取扱いに該当するかどうかは、具体的な事実関係や就業規則、賃金規程などによって判断されます。ここでは、私自身の経験を振り返って書いています。
私は、「大丈夫です」と言ったわけではありません
ここは、今回の記事で一番伝えたいところです。
職場のハラスメントについて語られるとき、よくこう言われます。
「なぜ、その場で言い返さなかったのか」「なぜ、すぐに辞めなかったのか」
でも、私自身の経験は、少し違いました。
私は、「大丈夫です」と思っていたわけではありません。
むしろ、「悔しい」という気持ちが強かった。「おかしい」と思っていました。「納得できない」と思っていました。
それでも、働き続けていた。
ここは、とても大事なことだと思っています。なぜなら、
「声を上げない=納得している」ではないからです。
「辞めない=問題がない」でもありません。
そして、「反論しない=傷ついていない」でもありません。
人は、納得していなくても、その場に留まらなければならないことがあります。
生活のため。家族のため。お客さんのため。次の仕事がすぐに見つからないから。
あるいは、「ここで辞めたら負けたような気がする」——そんな思いから、踏みとどまることもあります。
「大丈夫です」と言う人だけを見てはいけない
それでも、職場ではよく、「本人は何も言っていない」「本人は大丈夫と言っている」という言葉が出てきます。
もちろん、本当に大丈夫な場合もあります。だから、「大丈夫です」と言った人は必ず問題を抱えている、と決めつける必要はありません。
ただ、本人が何も言っていないことと、問題が存在しないことは同じではありません。
私自身が、そのことを経験しています。
悔しい。納得できない。でも、言っても状況が変わらない。言えば、さらに不利になるかもしれない。
そんな状況では、人は必ずしも声を上げるとは限りません。
だからこそ、周囲にいる人が、「本人は何も言っていないから大丈夫」だけで終わらせないことが大切なのだと思います。
本当に怖いのは、「慣れてしまう」こと
もう一つ、この経験を通して感じたことがあります。
それは、人は、繰り返されることに慣れてしまうということです。
最初は、「なんでこんなことを言われるんだ」と思っていたことが、何度も繰り返されるうちに、「またか」になっていく。
そして、「この人はこういう人だから」と、自分の中で処理するようになる。
でも、それによって問題がなくなったわけではありません。
自分が傷つくことに慣れただけかもしれない。
今になって、そう思います。
これは、私だけの特別な話ではありません
この経験を、特別なものとして書きたいわけではありません。
むしろ、今、職場のメンタルヘルスについて考える立場になって感じるのは、似たようなことが、さまざまな職場で起きている可能性があるということです。
もちろん、すべての厳しい指導がハラスメントというわけではありません。仕事上、注意しなければならないこともあります。改善を求めなければならないこともあります。
問題は、「何を伝えたか」だけではなく、「どのように伝えたか」「どのくらい繰り返されたか」「相手にどのような影響を与えたか」というところにもあります。
そして、当事者本人だけに、「嫌なら言えばいい」「嫌なら辞めればいい」と責任を負わせることにも、私は違和感があります。
経営者・管理職の方に、伝えたいこと
もし今、部下や従業員の様子を見て、
「最近、あの人は元気がないな」「以前より発言しなくなったな」「何か聞いても『大丈夫です』しか言わないな」
と感じることがあれば、少しだけ立ち止まってみてください。
もちろん、それだけでハラスメントだと判断する必要はありません。ただ、
- 特定の人からの指摘が日常的になっていないか
- 人前で叱責することが習慣になっていないか
- 指摘の理由が曖昧になっていないか
- 「辞めれば」「向いていない」といった言葉が簡単に出ていないか
- 評価や処遇について、本人が納得できる説明がされているか
- 困ったときに相談できる相手がいるか
一度、職場を見直してみてほしいと思います。
そして、本人に話を聞くときも、「何か問題ある?」と一言聞いて終わるのではなく、
「最近、仕事をしていて困っていることはない?」
「私たちの関わり方で、変えた方がいいことはない?」
と聞いてみる。答えを急がず、話を聴く。それだけでも、違うかもしれません。
あの経験が、今の私をつくっている
正直に言うと、この経験を人前で話すのは、今でも少し緊張します。
思い出せば、今でも悔しさはあります。「なぜ、あんなことを言われなければならなかったのか」と思うこともあります。
でも、今の私にとって、この経験は決して無駄ではありませんでした。
自分が「受けた側」だった経験があるからこそ、職場で悩んでいる人の話を聞くとき、
「なぜ、言わなかったんですか?」とは簡単に言えません。
「なぜ、辞めなかったんですか?」とも言えません。
その人には、その人の事情があるからです。
そして、
声を上げなかった人にも、
声を上げられなかった人にも、
守られる権利があります。
「人を変える」のではなく、「環境を変える」
私は今、LIFEKZCHという仕事をしています。
職場のメンタルヘルス。身体の負担。管理職の悩み。ハラスメント。ストレスチェック。こうした問題に関わっています。
その根底にあるのは、「人を変えるのではなく、環境を整える」という考え方です。
「もっと強くなればいい」「気にしなければいい」「本人がうまく対処すればいい」と、個人だけに解決を求めるのではなく、
- なぜ、その人が苦しくなっているのか
- 職場のどこに負担があるのか
- 何を変えれば、同じことが繰り返されなくなるのか
そこを一緒に考える。それが、私が専門家としてやりたいことです。
おわりに
私は、かつて「受けた側」でした。悔しい思いをしました。納得できないこともありました。それでも働き続けました。
だから今、職場で誰かが「大丈夫です」と言っているとき、あるいは、何も言わずに働き続けているとき。
私は、その言葉や態度だけで、その人の状態を判断しないようにしています。
もちろん、本人の気持ちを勝手に決めつけることもしません。
ただ、「本当に大丈夫なのだろうか」と、一度立ち止まって考える。それくらいの余白が、職場には必要なのだと思います。
誰かが傷ついてから対応するのではなく、傷つく前に気づける。困ったときに相談できる。支える人も、支えられる。そして、心も、体も、関係も壊さずに働き続けられる。
そんな職場を増やしていきたい。
あのときの悔しさも、今の私の仕事につながっています。
※本記事は、私自身の経験を、現在の専門的な視点から振り返ったものです。個別の事案がパワーハラスメント等に該当するかどうかは、具体的な事実関係によって判断されます。現在、職場で同様の問題を抱えている方は、一人で抱え込まず、社内の相談窓口や総合労働相談コーナー、労働局などの公的な相談窓口に相談することも選択肢の一つです。
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