このブログでは、これまでずっと「人は、なぜ辞めるのか」を書いてきました。
心。体。仕組み。
辞める理由を探してきたのです。
今日は、その裏側の話をします。
人は、なぜ働きたいのか。
この問いについて、私がこれまで読んだ中で強く心に残っている話があります。
坂本光司さんの『日本でいちばん大切にしたい会社』(あさ出版)で紹介されている、日本理化学工業というチョーク工場の話です。
チョーク工場で起きたこと
日本理化学工業は、神奈川県川崎市にあるチョーク製造会社です。
同社が障がいのある人を雇用するようになったきっかけは、1959年(昭和34年)。当時、養護学校の先生から、卒業を控えた2人の少女の就労体験を依頼されたことでした。
最初は期間限定の実習のつもりでした。
ところが実習が終わりに近づいたとき、声を上げたのは、まわりで働く社員たちでした。
「私たちが面倒を見ますから、彼女たちを採用してあげてください」
こうして2人は正式に社員となりました。そして、この出来事が同社の障がい者雇用の大きな転機となっていきます。現在の日本理化学工業では、障がいのある社員が製造現場の重要な戦力として働いています。
ただ、当時の経営者だった大山泰弘さんには、ひとつの疑問がありました。
障がいのある人たちにとって、会社で働くことは決して楽なことではない。それなら、施設で過ごすほうが楽なのではないか。
それなのに、なぜ彼らは、毎日懸命に働きに来るのだろうか——。
住職が語った「4つの幸せ」
その疑問に答えをくれたのが、ある法事の席で出会った住職だったと、大山さんは語っています。
住職は、人間の究極の幸せには4つある、と話しました。
1.人に愛されること
2.人にほめられること
3.人の役に立つこと
4.人に必要とされること
そして、「愛されること以外の3つは、働くことを通じて得られる」という趣旨の話をしたとされています。
大山さんは、この言葉をきっかけに、彼らがなぜ一生懸命働くのかを理解していきました。
仕事をする。誰かに「ありがとう」と言われる。自分の仕事が誰かの役に立つ。「あなたがいてくれて助かる」と言われる。
そこには、給与とは別の、働くことそのものから生まれる幸せがある。
私は、この話がとても好きです。
私が現場で見てきたこと
この話を初めて読んだとき、私が思い出したのは、あるお宅での出来事でした。
ある小学生の女の子。
両足が不自由で、伝い歩きか、杖がないと歩けません。当然、重たいものを持って歩くこともできません。
その日、玄関に届いていたのは、宅配便の5キロのお米でした。
お母さんは、仕事に出ていました。帰ってくれば、疲れた体で、あの重い米袋を運ぶことになる。
——彼女は、それが分かっていたのだと思います。
お母さんが帰宅すると、玄関にあったはずのお米が、台所に置いてある。誰が運んだのか。本人に聞くと、こう答えたそうです。
四つ這いになって、お米を押して、台所まで運んだ。
誰かに頼まれたわけではありません。歩けないのだから、運ばなくてもいい。誰も彼女を責めたりしません。
それでも彼女は、床を這ってでも、仕事で疲れて帰ってくるお母さんの役に立ちたかったのです。
月並みな言い方になりますが、この話を聞いたとき、私は自分に問いました。
僕は、精一杯生きているだろうか。
あの日の自問を、今でも覚えています。
「人の役に立つこと」。「人に必要とされること」。
——4つの幸せのうち、後ろの2つを、彼女は誰に教わるでもなく知っていたのだと思います。
人は、守られるだけではなく、誰かの役に立ちたいと思う。そして、自分が誰かの役に立てたと感じたとき、そこに喜びが生まれる。
そんなことを、あの子から教えてもらった気がします。
「役割」が、人を立ち上がらせる
そして約30年、人の心と体を見てきて、私はもう一つ、同じことを感じてきました。
「役割」のある人は、回復の顔つきが違う。
これは、私自身が現場で感じてきたことです。
孫の世話がある。畑が待っている。店を開けなければならない。職場に戻る、と決めている。
理由は何でもいいのです。
「自分を待っている場所がある」——そう感じている人は、リハビリへの向かい方が変わります。
逆に、役割を失ったままの回復は、どこか力が入りきらない。
体の話をしているようで、これは心の話です。そして、心の話をしているようで、体に表れる話でもあります。
もちろん、休むことや安心できる環境も、人が回復するためには欠かせません。
そのうえで私は、人は、安全や快適さだけでは、元気になりきれないことがあると思っています。
誰かに必要とされている。自分の役割がある。自分の存在が誰かの役に立っている。
それが、人をもう一度立ち上がらせる力になることがあります。
あのチョーク工場で働いていた人たちと、お米を押して這っていったあの子。私の中では、この2つの話がつながっています。
職場に置き換えてみる
ここで、経営の話に戻ります。
4つの幸せを、もう一度見てください。
ほめられること。役に立つこと。必要とされること。
お気づきでしょうか。これらは、給与だけでは満たせない領域です。
もちろん、給与や待遇は重要です。
給与が低すぎる。休みが取れない。長時間労働が続く。——そうした問題を放置したまま、「やりがい」だけを語ってはいけません。待遇改善は、必要な離職対策です。
ただ、それだけで「ここで働きたい」という気持ちまでつくれるかというと、話は別です。
経営者の方から、「給料を上げろと言われるが、それだけじゃない気がする」という言葉を聞くことがあります。
その直感は、私は大切だと思います。
待遇は、「辞める理由」を減らす。一方で、「ここで働きたい理由」をつくるものは、別にもある。
その一つが、
- 「自分の仕事が誰かの役に立っている」
- 「自分のことを見てくれている」
- 「自分が必要とされている」
という実感です。
そして、これは大きなお金をかけなくても、日常の中で生み出すことができます。
- 「ありがとう」「助かった」が、日常的に交わされているか
- 仕事を任せ、やり遂げたことを言葉にして返しているか
- 「あなたがいてくれて助かっている」と、本人に届く形で伝えているか
- 一人ひとりに、「自分の仕事が誰の役に立っているのか」が見えているか
簡単なようで、忙しい職場ほど、真っ先に削られていくものです。
そして、こうした実感が失われていくと、「給料も悪くない」「仕事もできる」——それでも、「ここで働き続ける意味が分からない」という状態になることがあります。
「辞めない職場」の正体
人は、なぜ働きたいのか。
ほめられたい。役に立ちたい。必要とされたい。そして、自分の居場所があると感じたい。
——だとすれば、「人が辞めない職場」の正体は、実はとてもシンプルなのかもしれません。
働くことの中に、「ここで働いてよかった」と思える瞬間が、ちゃんとある職場。
もちろん、すべての人が同じ会社に長く居続ける必要はありません。育って、次のステージへ進む人もいる。新しい仕事に挑戦する人もいる。それは悪い離職ではありません。
LIFEKZCHが減らしたいのは、心や体が壊れて辞めていくことです。
そして、目指したいのは、「辞めさせない職場」ではなく、「働き続けられる職場」。心・体・関係が壊れず、留まることも、進むことも、本人が選べる職場です。
これは、LIFEKZCHが事業の中核に置いている考え方でもあります。
人を囲い込むのではありません。辞める自由を奪うのでもありません。
働くことが、自分の人生の中で「ここにいてよかった」と思える時間になる。そんな職場をつくる。
それが、遠回りに見えて、私はいちばん確かな離職防止だと考えています。
おわりに
これまで私は、「人は、なぜ辞めるのか」という問いから、職場を見てきました。
心が壊れていないか。体が限界になっていないか。仕組みが人を支えられているか。
でも、これからはもう一つの問いも大切にしたいと思っています。
人は、なぜ働きたいのか。
その答えの一つは、「誰かの役に立ちたい」「必要とされたい」「自分の居場所がほしい」という、人間のとても根源的な願いの中にあるのかもしれません。
だから私は、
「辞めない職場」をつくるのではなく、
「働き続けられる職場」をつくりたい。
その違いを、これからも大切にしていきます。
※本記事で紹介した日本理化学工業のエピソードは、坂本光司『日本でいちばん大切にしたい会社』(あさ出版)で紹介されている事例、および日本理化学工業・高齢・障害・求職者雇用支援機構等が公表している内容を参考にしています。「4つの幸せ」は、大山泰弘氏が法事の席で住職から聞いた言葉として紹介されているものです。
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