月曜の朝、机の上に退職届が置いてある。
理由の欄には、「一身上の都合により」。
入社して、まだ2年目の社員でした。仕事も覚えてきて、これからという時期。引き止めましたが、意思は固く、最後まで本当の理由は聞けないまま、去っていきました。
——こういう経験、ありませんか。
そして、少し時間が経つと、こう思いませんか。
「結局、なぜ辞めたんだろう」
今日は、この「なぜ」の話をします。
退職届には、本当の理由が書いてありません
まず、残念なお知らせから。
辞めていく人は、多くの場合、本当の理由を言いません。
考えてみれば、当然です。もう辞めると決めた会社に、わざわざ角の立つことを言う理由がない。「上司と合わなかった」「体がもたなかった」「相談できる人がいなかった」——そう思っていても、口から出るのは「一身上の都合」や「家庭の事情」です。円満に、静かに、去りたいからです。
ここに、離職問題のいちばん厄介なところがあります。
本当の理由が分からないから、同じ理由で、また次の人が辞めていく。
求人を出し、採用し、教育し、また辞められる。この繰り返しの出口は、「なぜ辞めたのか」を知ることからしか始まりません。
人が辞める理由は、だいたい3つの場所にあります
約30年、人の心と体の現場を見てきて、思うことがあります。
人が辞める理由は、一人ひとり違うようでいて、探す場所はだいたい決まっている、ということです。私はそれを「心・体・仕組み」の3つで見ています。
① 心——「言えない」が積もっていく
人間関係、と一言でまとめられがちな領域です。ただ、実際に多いのは、派手な対立ではありません。もっと地味で、もっと日常的なものです。
嫌な人がいる。上司が信頼できない。頼りない。——だいたい、この辺りです。
(ちなみに「嫌な人」は、次の職場にもだいたいいるものです。それでも人は、いま目の前にいる嫌な人からは、離れたくなります。)
私事ですが、「上司が頼りない」——そんな退職の本当の理由を、その人が辞めた後になって、第三者から聞かされた経験があります。面と向かっては、最後まで言われませんでした。本当の理由とは、こういうふうに、本人のいないところで、あとから届くものなのです。
そして、こうした不満の多くは、退職届が出るずっと前から、職場の中に静かに存在しています。気になることがあっても、言えない。忙しそうな上司に、相談を切り出せない。「大丈夫?」と聞かれれば、「大丈夫です」と答える。——この「言えない」の積み重ねが、ある日、退職届という形で表に出てきます。
周りから見れば「突然辞めた」。本人の中では、ずっと前から始まっていた。このズレが、若手の離職ではよく起きます。
② 体——身体の不調は、静かな退職理由になる
見落とされやすいのが、ここです。
腰痛、肩こり、慢性的な疲労、眠れない。こうした身体の不調は、「辞めるほどのことじゃない」と本人も思っているうちに、少しずつ仕事の質と気力を削っていきます。そして、心の不調と身体の不調は、お互いに影響し合います。体がつらい時期は、心の余裕もなくなるものです。
それでも、退職理由に「腰痛なので」と書く人は、ほとんどいません。ここでも出てくるのは、「一身上の都合」です。身体の不調は、静かな退職理由になります。
③ 仕組み——「ある」けれど「機能していない」
相談窓口は、ある。面談も、一応やっている。でも、使われていない。形だけになっている。
制度が「ある」ことと、「機能している」ことは、別の話です。窓口があっても、「あそこに相談したら、上に筒抜けになるらしい」と思われていれば、ないのと同じ。面談があっても、業務の進捗確認だけで終わっていれば、本音を話す場にはなりません。
そして、仕組みの中でも特に抜けやすいのが、「辞めた人の理由を、次に活かす仕組み」です。ここが、次の章につながります。
今日からできる、3つのこと
では、何から手をつければいいのか。大がかりな制度改革の前に、今日からできることを3つ挙げます。
1. 辞めた人を「2種類」に分けて記録する
離職には、性質のまったく違う2種類があります。心や体が限界を迎えて壊れて辞める離職と、力をつけて次のステージへ進む育って卒業する離職です。
減らすべきなのは、前者だけです。まずは過去2〜3年の退職者を思い出して、どちらだったかをメモしてみてください。辞める間際の勤怠、体調、表情。思い当たることが、きっとあるはずです。この分類だけで、打つべき手の輪郭が見えてきます。(この考え方は、別の記事で詳しく書いています)
2. 「いつもと違う」に気づいたら、声をかける——と決めておく
遅刻が増えた。表情が硬い。休憩中に誰とも話さなくなった。——「いつもと違う」のサインは、辞める何ヶ月も前から出ています。
大事なのは、気づいた人が声をかける、とあらかじめ決めておくことです。「気になっていたけど、様子を見ていた」——退職後に管理職から一番よく聞く言葉です。様子を見ている間に、本人の中では話が終わっていきます。声のかけ方は、上手でなくて構いません。「最近、眠れてる?」の一言で十分です。
3. 求人を増やす前に、「言える職場か」を確かめる
人が辞めると、まず求人を増やしたくなります。その気持ちは分かります。ただ、穴の空いたバケツに水を注ぎ続けるより、先に穴の場所を確かめる方が早い。
「うちの会社は、気になることを言っても大丈夫な職場だろうか」。この問いに、社長ではなく現場の若手が何と答えるか。そこに、離職の答えの大半があります。
おわりに——「なぜ」を知ることから、すべてが始まる
冒頭の問いに戻ります。「結局、なぜ辞めたんだろう」。
この「なぜ」を、辞めた後に悔やむのではなく、辞める前に気づける会社にしていく。そのために見る場所が、心・体・仕組みの3つです。
離職は、給与だけの問題ではありません。そして、根性や愛社精神の問題でもありません。多くの場合、それは職場のどこかに理由がある、構造の問題です。構造の問題は、構造から直せます。つまり、打つ手はある、ということです。
「また辞めた」を、「最近、辞めなくなった」に変えていく。その最初の一歩は、御社の心・体・仕組みの現在地を知ることです。
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